展覧会 鑑賞レポ 2020秋



〇ピーター・ドイグ展

(東京国立近代美術館 2020年9月13日)


 まずはじめに、私はピーター・ドイグの作品は数作しか知らず、日本初個展のため実際に生で見ることはこれが初めてだった。そのため、先入観等もなく純粋な気持ちで展示を楽しむことができた。

 入ってすぐに感じたのは作品一つ一つの大きさ。とにかくどの作品も大きく迫力があった。作品の目の前に立つと、自分もその描かれている空間にいるかのように感じられた。彼の描く世界に自分も存在できているようで嬉しかった。大きな作品が展示されていても、部屋自体が広く天井も高かったので窮屈さは全く感じなかった。また優しい照明のおかげもありとても落ち着いた空間であった。

 最初に展示されていた中で印象に残ったのはドット絵だった。実物を近くで見たからこそできる発見ばかりで楽しかった。使っている色なのか、ドットの間隔なのか、絵具の乗せ方なのか…具体的に伝えるのは難しいが、不思議な気持ちになりずっと眺めいていたくなるような、他にはない魅力を感じた。現実と想像を組み合わせた風景を描いているだけではなく、色の使い方、選び方も彼の作品が幻想的に感じる理由なのではないかと感じた。

 彼の作品のイメージは“鮮やかな色使いで幻想的なもの”であったが、展示を見進めていくにつれて全くイメージと違う作品もあった。さまざまな画家からインスピレーションされているだけあり、年ごとに描き方がガラッと変わっていたのが印象的だった。例えば、黒色等の暗い色が多く使われているもの、かなり薄塗りで描かれたもの、四角のモチーフの描き方が単調なもの等。『赤い男(カリプソを歌う)』(2017)と『水浴者(カリプソを歌う)』(2019)は、同じモチーフを同じ構図で描いており比較がしやすかった。『赤い男』は線が真っ直ぐで安定感があり、また男の水着の紐、水平線、監視台の横のラインが一致していることも安定感に繋がっている。色合いも鮮やかで力強い印象を感じる。しかし『水浴者』は男の足元のボヤけや肩の落ち方、グレートーンと寒色系の色合いなどから不安定感を感じる。同じものを描いているのに少しの工夫で印象が変わることがよく分かる作品で、作品がもつ印象の大切さを改めて感じた。

 彼はこのような作風、描き方の違いを迷いながら考え、より良い作品にしようとしているのかもしれないが、私にはそれすら楽しんでいるように感じた。色の使い方の違い、質の違い、筆運び、構図の工夫等様々なことに楽しみながら挑戦をしているようで少し羨ましく感じた。

 その不思議な感覚になることは彼の作品の良さであると思う。一見何が描かれているのか分からない、遠くから見ても近くから見ても分からないものは分からないし、解説を読んでも正直分からなかったものもいくつかあった。しかし、それが狙いなのだと思う。幻想的な作風で目を引き、その不思議さに作品の前で立ち止まり、見ている人を悩ませ想像させる力が彼の作品にはある。実際、どの作品も立ち止まって遠くからも近くからもじっくり鑑賞した。

 コロナウイルスが問題になってからなかなか展覧会に足を運べなかったり、中止や延期になったりして今までと比べて美術に触れる機会が格段に減り、不安になっていたが、思い切って東京まで行ってよかったと思う。心が癒されたし、たくさんの刺激を受け、勉強にもなり、とても満足できる展覧会だったと思う。



〇「花・華ざかり」日本画

同時開催:桜百景Vol.21

(郷さくら美術館  2020年9月13日)


 ピーター・ドイグ展を目的として東京へ行ったが、なるべく近場で開催されている展覧会、日本画の展覧会はないかと探していたところ、こちらの展覧会を見つけたのでせっかくならと行ってみることにした。展示は1階が“「花・華ざかり」日本画展”で、2階が“桜百景Vol.21”であった。とても広い空間とは言えないが、1階は黒をベースにした落ち着いた空間に華やかな色彩の作品が映えていたし、2階はベージュ色の柔らかさが桜の落ち着いた印象とよく合っていると感じた。それでもやはり部屋の狭さを感じてしまい、遠く離れて見ることが難しいし、大きな作品を飾ることもできないだろうなと感じた。

 「花・華ざかり」日本画展ではすべての作品に切花ではない、地に生えた植物が描かれていた。そういったテーマで展示の企画をしたんだなと思いながら見ていたら、ある一人の作家のコメントに興味をもった。それは、「私は切花は好きではありません。しかし地に生えた植物には生命力を強く感じ、魅力的に思います。」といった内容のもので、かなり印象に残る言葉だった。その言葉を読んだうえで作品を見てみると、花のもつ優しさや美しさの中に、確かにどの作品も切花にはない生命力、力強さを感じた。また、地に生えた植物ということで、風景画が多くなるのかなと思っていたら意外とそればかりではなく、構成的な作品も見られて面白い展示だった。

 桜百景Vol.21では郷さくら美術館の所有する、多くの作家による様々な桜の風景画が展示されていた。同じ桜の風景画でも時間も場所も見方も違っていて、たくさんの作品があったが飽きることなくとても見ごたえのある展示だと思った。所有する桜を描いた作品はまだたくさんあるそうで、コレクション展として桜の名所・目黒川の近くに位置するこの美術館で1年中満開の桜を鑑賞できるのはとても素敵だと思った。ぜひ、また見に行きたいと思った。




〇STARS展

(六本木ヒルズ森美術館 2020年9月13日)


 この展覧会は、出展アーティストの6人が国際的に認められるようになった頃の作品と、最新作を同時に鑑賞することが出来る貴重な展覧会だ。

 入ってすぐに迎えてくれたのは村上隆の彫刻作品、『阿像』『吽像』だった。天井に届きそうなくらい大きくダイナミックな作品で、一瞬でその世界へ引き込む、さすがの世界観であった。あの『マイ・ロンサム・カウボーイ』も展示されており、実際に見るのは初めてだった。批判的な意見はあるだろうが、当時からしたらかなりの功績を残した作品で、日本のアニメ・オタク文化を使いユーモアラスに表現している。直接見ることでデフォルメとリアルの混合、危うさや気持ち悪さ、迫力をすごく感じ、海外に広まった理由が分かるような作品だった。

 次はリ・ウファンの部屋だった。この部屋は、部屋自体が作品のようで、美術に楽しく触れ合うことのできる作品だと感じた。物質そのものや配置・関係性を提示した、シンプルで「静」の空間を感じられる素敵な部屋だった。日本画の作品の空気感と通ずるものがあると思い、参考になった。

 次は草間彌生の部屋だった。私は草間彌生の考え方が好きで、たくさんの言葉に刺激を受け、また支えられてきた。何度見ても不思議な世界観は理解が難しく、とても考えさせられる作品ばかりだ。しかし、幼少期のトラウマなどを明るくポップな作品で表現することは、他のアーティスト、また自分自身でもやっていることだ。もしかしたら草間彌生以前にもそのような表現をしていたアーティストがいたかもしれないが、彼女の作品や存在をきっかけにその考えが一般的になったのではないかと考えた。『芽生え』という作品は、植物のツルのような線が画面全体を覆うように緻密に描かれており、少し気持ち悪さを感じる。覆っている線の多さが、心を覆うモヤモヤとした気持ちを表しているようだが、『芽生え』というタイトルで前向きな気持ちも感じられた。

 次に宮島達男の作品を見た。LEDのデジタルカウンターを使った、時間や生命を感じさせられる作品だった。『時の海‐東北』は東日本大震災への思いが込められた作品で、現在も制作中だという。暗闇の中、水中に並べられたLEDの数字が異なるリズムで光っており、とても綺麗な作品だ。制作中の作品を見ることが出来るなんてかなり貴重だった。完成形は、3000個のデジタルカウンターを東北に設置することで、今回は719個が展示されていた。今でも充分に綺麗で圧巻の景色だったが、これが3000個に増えたらと想像するととても楽しみだ。

 次は奈良美智の部屋だった。今回の展覧会は、全体的に作品数が少なく、インスピレーションを感じさせることに重きをおいているように感じたが、奈良美智は一番作品数が多く、充実した空間だった。なによりも、部屋の真ん中に堂々と置かれた『Voyage of the Moon』という家の作品は迫力があった。しかし、子供の顔のかわいらしさや色の柔らかさによって嫌な圧迫感はなく、小さい頃の気持ちを彷彿とさせた。家の中は窓や扉から覗くことができ、動物のフィギュアや自身の作品が飾られており、小さなアトリエのようだった。また、進入禁止のテープには奈良美智本人によって「はいらないで ストップ」と書かれており、遊び心を忘れない、かわいらしくて楽しい空間だった。ドローイング、絵画、彫刻など、さまざまな表現で作品が制作されていた。

 最後は杉本博司の部屋だった。初めて見るアーティストで、普通の写真家かと思ったら、ジオラマを撮影した作品を展示していた。とてもジオラマを撮影したとは思えないリアル感や緊張感を強く感じた。どの作品もシンプルな構図だからこそ空間の美しさがあり、圧巻の作品だった。

 先ほど記述した通り、全体的に作品数は少なく、数だけで見ると物足りなく感じてしまうが、これだけの有名アーティストの代表作が同時に見られるのはかなり貴重なことで、一つ一つの作品をじっくり鑑賞した。出展アーティストの芸術活動についての評論や、過去の記事も展示されており、時代背景とともに、作品と国際的に広まっていく様子を見て理解を深めることができた。現代アートは有名どころしか知らない自分でも充分に満足ができ、理解ができる展覧会だと思った。人が多くなることを想像して不安に思っていたが、コロナの影響かそこまで人は多くなく、ゆっくり落ち着いて作品を鑑賞することができてよかった。